維新府政に、若い力で真っ向勝負!

一言イットク!

教育を歪める維新府政からのびのびと学べる教育へ(ニュースいっとくNo.7より)

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  • 2018/11/15 更新

維新府政から10年間。私は特に教育が大きく歪められているのではと感じています。教員を管理し、上からの指示で押さえつけようとすることで、教員の自主性が損なわれています。

チャレンジテストは廃止を!

2015年度から大阪ではチャレンジテストが高校入試の内申点に反映されるようになりました。このテストは国語、社会、数学、理科、英語の5科目で行われており、中学3年生では、この5科目のテスト結果が、音楽、美術、保健体育、技術・家庭の4教科の内申点にも反映される仕組みとなっています。

私は、中学生から「たった一度のテストの結果で、これまで頑張ってきた内申点が変更されてしまうことはおかしくないですか?」と聞かれたこともあり、このテストが子どもたちに大きなプレッシャーとなっています。石川議員は1012日の教育常任委員会でチャレンジテストのことについて取り上げました。その中では、チャレンジテストで1点足りなかったので、1年間の評価がひっくり返った事例を上げて、このテストで学校現場も、子どもも保護者も追い詰められており、廃止すべきと迫りました。

府は、公平性のために必要だと言いますが、たった一度のテストで評定を変えてしまうことが公平であるとは思えません。チャレンジテストは廃止をするべきです。

 箕面市では市の教育委員会の職員である教育監が、日本共産党の村川議員の市議会での一般質問でチャレンジテストのことを取り上げて、現場の先生から「授業態度や提出物へのがんばりなどが全く評価できないのはつらい」という声が上がっていることを示したことに対して、どの先生のことかということを執拗に聞き出すということがありました。

 なぜ、聞き出そうとしたかと言えば、この発言をした教員を特定して、指導をするためです。これは本来、教育条件整備をする教育行政が教育現場への不当な介入をしているといわなければなりません。

 チャレンジテストは子ども達を異常な競争教育へと駆り立てるだけでなく、学校現場にゆがみももたらしています。

慰安婦に関する歴史教育で授業内容の聴き取りも

10月の大阪府議会では維新の会の府議、自民党の府議から慰安婦問題の授業を疑問視して、府に授業内容の確認を求める内容の質問がありました。その質問を受けて、大阪府教育委員会では、慰安婦問題での授業の聞き取り調査をしています。豊中市の教育委員会にも10月16日に大阪府の教育委員会から問い合わせがありました。

教育基本法では、教育の不当な支配を禁じています(第16条)。それにもかかわらず、議員が議会で授業内容を取り上げて、教育委員会に調査をさせるというのは、教育の不当な支配であり、こんな介入を許すわけにはいきません。

公教育をよみがえらせ、どの子も伸びる大阪へ

私は、今、起こっているような教育をゆがめる府政から、教育環境の充実を進める府政へと変えたいと思っています。

 47都道府県で遅れている少人数学級の大阪府としての独自支援を創設することや夏の異常な暑さの中で熱中症の対策をするための冷房の設置、渡り廊下の耐震化など児童の安全確保など教育環境の充実こそ進めるべきです。

日日是好日を読んで(読書の話)

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  • 2018/11/05 更新

この前、立て看板用の証票を大阪府の選挙管理委員会にもらいに行くことがあり、その途中に「日日是好日(森下典子著、新潮文庫)」を読んでました。

 筆者がお茶を習っている中で書いた本なのですが、お茶のことを何も知らない、もちろん、習ったこともない私が読んでも面白い本でした。

筆者がお茶を習っていく中で、がんじがらめの決まり事をこなしていきながらも、少しづつお茶の意味や季節の移ろいなどに気づいていく様子が描かれているのもいいのですが、私は、お茶の学びを書いているところが気に入りました。ちょっと好きな部分を引用してみます。

「お茶をわかるのに時間制限はない。三年で気づくも、二十年で気づくも本人の自由。気づく時がくれば気づく。成熟のスピードは、人によってちがう。その人の時をまっていた。 

理解の早い方が評価されるということもなかった。理解が遅くて苦労する人には、その人なりの深さが生まれた。 

どの答えが正しくて、どれが間違っている、どれが優れていて、どれが劣っているということはなかった。「雪は白い」も「雪は黒い」も「雪は降らない」も、全部が答えだった。人はみんなちがうのだから答えもちがう。お茶は、一人一人のあるがままを受け入れている(P228)」

この本では、学校教育との対比してお茶は大きく違うと書かれていましたが、本来は学校での教育も一人一人の成長をしていくことを保障していく、そして、他人ではなく自分と比べて成長が実感できるようにしていくことが大切だと思いました。